あとがきにかえて

改 訂 委 員 会

 文芸界の2009年は、村上春樹の長編小説『1Q84』が大ベストセラーになったほか、太宰治や松本清張の生誕百年に沸いた。さらに、貧困が社会問題化するなかで、『蟹工船』の小林多喜二も前年に引き続き注目された。そんななかで、ひっそりと没後50年をむかえた夏目漱石門下生がいる。美学者・哲学者の阿部次郎その人である。
 「青田三太郎は机の上に頬杖をついて2時間ばかり外を眺め・・・」「別れの時」について内省していた。
    進む者は別れなければならぬ。しかも人が自ら進まんがために別離を告ぐるを要するところはーー自らの後に棄て去るを要するところ
    はーーかつて自分にとって生命のごとく貴く、恋人のごとくなつかしかったものでなければならぬ。およそ進歩はただ別るるをあえてし、
    棄て去るをあえてする点においてのみ可能である・・・。
 『三太郎の日記』という名の本が世に出たのは1914(大正3)年。主権在君のなかで、デモクラティックな風潮が高まり、第一次山本権兵衛内閣が膝元の海軍汚職事件で退陣したまさにそのときであった。三太郎の内省する別れの時は、自身の進歩の時のみならず、社会や時代そのものの進歩の時をも予見していた。
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 以来約半世紀以上、「内省の人」青田三太郎(阿部次郎そのもの)は自覚的・自律的な人格形成を求める若者の手本として存在し続けた。『適書150選』初版(1961年刊)で俎上にのぼり、9版(1989年刊・阿部没後30年)では私の一冊のなかに初めて登場する。それが掲載された昭和から平成への移行期、皮肉なことに「内省」は根暗の代名詞のように扱われ始めていた。深く自己を問い返すことを冷笑するような時代であるからこそ、適書に取り上げられたものと推察される。そして、今また『三太郎の日記』を読み返してみると、真摯に自己を問い返し、問題意識を持って生きることの大切さを、改めて教えられる。
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 1961年以来、3年に一度の改訂を続けてちょうど半世紀。『適書150選』は16の版を重ねた。今回も、前回同様169冊の図書とその推薦文を掲載した。今年度でご退職される野村直正学校長をはじめ多くの先生方の、個性溢れるそれぞれの一冊がここに凝縮されている。柔軟性のある高校時代、数多ある書籍との出会いのなかで、自覚的に自己形成を進めていく糧を見つけていって欲しい。その際に、『適書150選』がその一助となれば幸甚である。お力添えいただいた全ての先生方とジャーナル印刷の方々に、改訂委員を代表して深く謝意を表したい。

(神庭真二郎)